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2006年3月16日木曜日

バリ島現地買付 2006年3月

画像の記録によると2006年3月9日~16日の間に行った買い付けのようです。

どう見ても成田空港なのでガルーダで飛んだみたい。

デンパサール中心部ですね。この辺は問屋街で観光客はいません。この写真から10年以上たった現在(2019年)もそんなに風景は変わってないです。

この辺の唯一の見どころはププタン広場という大きな公園ですかねー。


メイカさんはアニマル雑貨…いわゆるバリ猫を作って売っている方。彼女の自宅工房でいろいろ買い付けしてます。


選んで値段交渉したりだけでも時間がかかるけど、オリジナルデザインの打ち合わせなんかもあるから丸一日とかザラ。大きなお屋敷の中でランチをご馳走になったり…メイカさんとは今(2019)もお付き合いしていますよ~ 

これは…ワポKKN(カカエン)っていう今では有名になった食堂のご飯ですねー。当時のワポKKNは、昼間は自動車整備工場で夜になるとその軒先で食堂をやっていたのです。


ローカルの店なので、いっぱい食べても安くてよく行ってましたね。でも後日、ガイドブックに載ったり、そのうち立派な店も構えて、値段も上げて…それでも繁盛しているみたいですが、こういうの雑多な雰囲気の中で安く食べられるからイイのであって、わざわざいくまでもない店になったと思ってます。(そういう店が多くて残念) 

当時おなじみだったマッサージ屋さん。真ん中のお兄ちゃんはクレヨンしんちゃんって名前です。本名は知らないけど、彼もボクらも「しんちゃん」って呼んでました(笑) 


いっぱい食べて飲んできたのに屋台のテランブラン屋さんに立ち寄って…



直径25㎝くらいの生地にチョコチップとかチーズとかバナナとかいっぱい入れて練乳をババババーってかけたホットケーキみたいな炭水化物の塊です。コンプリートという全部入りが当時のレートで150円くらい。カロリーは想像したくないな~(今じゃ怖くて食べられない)

甘いものを食べるとこういう顔になりますね(笑) 


毎晩の宿でのお金計算。 

ガルーダのシティチェックイン。当時はサヌールの大きなホテルにカウンターがありました。

成田到着。お疲れっしたm(__)m 


記事内の写真は2005年当時の物ですがこの記事は2019年7月31日に書きました。

2005年9月4日日曜日

バリ島現地買付 2005年9月

いつもは成田、たまに羽田。この時はなぜか仙台から飛んだんですよね。山形市の家から近くていいけど航空券が高いから…たまたま安かったのかな。覚えてないです。

これはグアムの空港っぽいなー。ということはグアム経由デンパサール行きのコンチネンタル便だったと思われます。

ここで朝食を食べているということはサヌールのユリア2(ドゥア)っていう安宿に泊まったんだな。水シャワー・ACなし・アメニティなし・簡易なベッドとシャワーとトイレだけの部屋。1泊朝食付きで2人で1000円しないくらいだったと思います。

今(2019)のようにスマホもWiFiもない時代。当時じゃらんじゃらんではアルバイトさんがいて日本で店番をしていてくれたので、パスワード制の掲示板を作って、インターネット屋さんに行って日々の連絡を取ってました(懐) 10分で2000ルピア(20円くらい)とかで利用できたんだけど、回線は遅いし画像なんかは送れない感じでしたね。

カーゴ会社さん。買い付けの強い味方。

いろんな工房やショップを回って買い付けします。

お腹がすいたら安くて美味しいバリのローカルフード。これは多分デンパサールの中心地にあるミークリティンジャカルタって店のミー(麺)ですね。

ここはデンパサール中心地のジャランスラウェシっていう通りで布問屋さんの街。

布屋さんで生地を買います。

すっかりなじみになったテーラー屋さんに持ち込んで加工してもらいます。じゃらんじゃらんオリジナルのエプロン…当時、すぐに売れちゃいましたねー

 あ、ここはサテ屋さん! 大繁盛店になったみたいです。→この記事

 買い付けたザッカ、作ってもらったものなどをカーゴ屋さんのトラックで回収して回ります。それをカーゴ屋さんの倉庫にもっていって丁寧にパッキングして、税関を通すリストを作って…現地ではやること満載なのです

記事内の写真は2005年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。

2005年2月17日木曜日

バリ島現地買付 2005年2月

マイナス5℃の山形市から成田へ。そして常夏のバリへ。
確かこの日は東北道の那須あたりが雪で通行止めで下におろされたんだっけ…

ジャカルタ経由のANA/ガルーダ共同運航便だったんじゃなかったかな!?

AYUちゃん懐かしいな。革屋に転身して田舎へ帰るっていってたけど元気かな~

eimy店長もボクもバリ島で髪を切ってましたね~。eimy店長はどう思ってるかしらないけど、当時で300円くらいだから男のボクは散髪なんぞ安いが正義。

サヌールでイタリアンといえば「マッシモ」一択だったけど、できたばっかりの頃の「ヴィレッジ」にいってみました。内装もスタイリッシュでちょっとお高いけど美味。まぁでもこんなガンガン冷房がきいたレストランで食べるより、オープンエアでちょっと暑い位の中、冷えた白ワインでピザを食べる方がいいな、ということでボクらはマッシモに軍配。

クタビーチとかでJAGUNG BAKAR(焼きトウモロコシ)を食べたくて頼んだら1本2万ルピア(200円)とかいうわけですよ。サヌールのローカル相手の屋台からすればもうアホか!という値段。

「ブラパ?(いくらですか?)」と訊いたら「スリブー(10円)」と。今はもう少し値段があがってるだろうけど…

仕事上がりの夕方はビーチマッサージ。雇われでなく自営で営業している人だと安いんです。1時間の全身マッサージで3万5千ルピア(350円)。今はさすがに5万~7万(500-700円)は取るだろうけど…2004年当時は安かったな~。このアネスさんって女性がすごく上手でいつもわざわざ彼女を探してやってもらってました。

真ん中のジェロさんは日本に来たこともあって親日派。最近会ってないな~

eimy店長も1泊700円水シャワーしかないロスメン(安宿)に泊まります。雨風さえしのげればよいんですよ(笑)

ちょうどニュピ近くだったんだな~。

バリ島の野良犬もこの頃はいっぱいいたけどいつかを境に一気に見かけなくなったときがあったな。噂によると狂犬病のどーたらで処分されたとか。

eimy店長のおともだち達と。



記事内の写真は2005年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。

2004年4月14日水曜日

バリ島現地買付 2004年4月

ボク単独の渡バリ買い付けでした。
その頃、インドネシア語を猛勉強していて、仕事で知り合ったカーゴ会社のスタッフたちにいろいろ教えてもらってましたね。

出稼ぎでジャワ島から来ているスタッフのアパート。正直、狭いです。稼ぎは人数が多く貧しい実家へ仕送りしているんだそうです。

テーラー屋さん夫婦。奥さんはこの後3人産んで今はかなり太ったな~

雑貨系の卸さん。このお姉さんにはいろいろお世話になったなぁ。いつの間にか消息不明・・・廃業!?

このイブー(マダム)たちは変わらないな~。いまも元気です (笑)

アパレル系の卸屋さん。この方も変わらない。

サヌールの海岸から見るアグン山

サヌールのユリア2というロスメン。当時1泊7~800円くらいで泊めてくれました。水シャワー、エアコンなし。

朝食はつけてくれましたがパンと果物だけでしたね。紅茶やコーヒーは飲み放題です



記事内の写真は2004年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。