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2003年11月1日土曜日

バリ島現地買い付け2003年11月

この時は東京の友人の結婚式に参列し、そのまま成田へ直行しバリ島へ買い付けに行ったんでした。この頃はスマホもなかったし写真があまりのこってないな~



 


サヌールのボンサイカフェと同じ敷地のSARI SANURっていうホテルに泊まったんでした。確かできたばかりかリノベーションされたばかりだったかのプロモーション価格になってて安かったんだよね。
 

当時、サヌールの大きなスーパーのHAARDY’Sの横が空き地だったんだけど、そこに夜になるとおじさんがやってるナシゴレンの屋台があって、それがメチャ美味しかったんですよね~。5000ルピア(約50円)。ブンクス(持ち帰り)してハルディスでビンタンビールを買ってホテルの部屋の外で夜風に当たりながら食べるバリ島飯。最高でしたね。




記事内の写真は2003年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。




2003年5月24日土曜日

バリ島買い付け2003年5月

この頃海外では”SARS(サーズ)”という呼吸器伝染病が流行っていたんでした。あの病気は最近聞かないけどどこにいっちゃったんですかねー!?

LCCもなくて航空券が高かった当時、他より少しでも安かったコンチネンタル航空を利用していたのでグアムの空港で数時間の待ちぼうけ。

グアムの海の上。「グアムって多分目的地にすることはないだろうね」と当時話してたけど、数年後に子供ができて最初に選んだ旅行先になりました…(笑)

プロモーションということで泊まったヴィラ

GWK

ウルワツ

4回目か5回目にもなると現地での買い付けも慣れてきた感じです。

ドイツで同じようなことをやっているピーターと知り合ってみんなでレンボンガン島へ遊びに行ったりもしました

とはいえ毎日仕事。カーゴ会社で打ち合わせも多かったです




記事内の写真は2002年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。





2002年10月17日木曜日

バリ島爆弾テロ事件直後の渡バリ

eimy店長は日本で店番、ボク(Hiro)単独での買い付けです。
バリ島爆弾テロ事件 : 2002年10月、バリ島南部の繁華街クタで、路上に止めてあった自動車爆弾が爆発、向かいのディスコ(サリクラブ)など多くの建物が吹き飛んで炎上し、外国人観光客を含む202名が死亡した。
渡航勧告もでていたんだけど…バリに渡ったのがこの直後でした…
焦げた臭いでむせ返りそうな規制線が張られた現場。(献花してきました)





買い付けの仕事はきちんとこなしました。カーゴ会社のシギット君とワヤン君。

カーゴ会社の倉庫では日本に送る荷物のパッキングの立ち合い。

カーゴ会社の社長の自宅に招待されての夕食会




記事内の写真は2002年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。

2002年6月24日月曜日

バリ島買い付け2002年6月

5月にじゃらんじゃらんをオープン。
その前に一回買い付けに行ったけど写真ない(笑)
OPENしていっぱいお客さまが来てくれてあっという間に売れてしまい急きょ買い付けに。3回目のバリ。だいぶ慣れてきましたね。

ガルーダインドネシア航空は成田-デンパサール(バリ)の直行便。機内にインドネシア人の税関職員が搭乗していて雲の上でパスポートを見せて入国審査ができたんですよ! 今じゃ考えられないよな~

お友達もできました。画像のマリアちゃんはその後オランダ人と結婚したんだっけなー

じゃらんじゃらんの雑貨を日本に送ってくれるカーゴ屋さん。輸入の手続きとかまったく知らないで始めたから日本の税関とか、シンガポールの船会社、荷受けの会社とかとのやりとり…手探りでいろいろ勉強しながらの時期でしたね~(遠い目)

アイスクリーム売りの音楽。これがメチャ和むメロディ。ガムランよりバリでよく聴く音。


仕入先もどんどん開拓してましたねー。

買い付けのときは安宿。ロスメンとかホームスティといわれる宿にしました。最初にバリに行ったときに知り合ったヒンドゥー教の位の高い方が経営しているホームスティ。ここは何回かお世話になりました。

安宿にプールはないので息抜きに高級ホテルのプールバーに…なんてこともしてましたね


記事内の写真は2002年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。





2002年5月10日金曜日

About Us ・Our Profile☆ プロフィール

Profile
スタッフ2人とも海外旅行や外国語が好きで将来は語学をいかした仕事をしたい、珈琲やハンドクラフトが好きなので好きなもの囲まれた仕事をしたい、と思っていましたが、気が付いたらいつの間にかそんな環境に。
オーガニック&ヘルシーなフード・バリ直輸入ハンディクラフト・毎日自家焙煎している珈琲豆の店 じゃらんじゃらん
たくさんの縁に恵まれ、おかげさまで15年も続けることができていますm(__)m



jalanjalan staff  Eimy Asakura Eimy Asakura

☆1969年 東京都生まれ
中・高・短大と女子校、三菱系企業で丸の内OL、外資アパレルのGAPジャパンを経て、結婚を機に山形市へ移住しました。
一日中お店で元気に接客しています。
家に帰れば小学生の元気な男子のママとして子育て、2代目愛犬の世話と、忙しくも楽しい日々を過ごしています。

美味しいワインが好きなので、子育てが終わったらスペインとフランスでワイン巡りをすることがささやかな夢です。



Hiro Asakura

☆1968年生まれ
現セガサミーで10年ほど海外向けゲームのデザイナーをやってたり、クリエティブ系の仕事を個人で受けたりしていました。ゴーストライターをやったことも(笑)
紆余曲折ありまして、海外好きが高じて脱サラしこの15年ほどバリやベトナムをいったりきたりしています。
海外渡航回数は100回を超えます。語学はインドネシア語と英語可。

息子の自慢のパパ…になりたい、と自分作りに日々奮闘中(笑)


jalanjalan staff  Hiroaki Asakura

画像: 2015年


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人生なにがあるかわからない。
だからいまこのときを、やりたいようにやればいいし、楽しく生きよう、と思っています。

このブログを書くこと。
それは、じゃらんじゃらんのお客様にいろいろな情報をお伝えするためでもあるし、
また、自分たちが彷徨ってきた旅のスタイルをアーカイブすることです。
未来からそんなSlice of Life(生活の断片)をふと見たときに
「うん!」
と納得できるような旅がこのBlogに積み重なっていればいいな...と思っています。




2002年2月4日月曜日

じゃらんじゃらんの原点

2002年2月。
ベトナムのフーコックに行くはずだったけれど予約が取れず、代わりにたまたま訪れた初のバリ島。約2週間の滞在でいろんな出会いがあり「じゃらんじゃらん」をはじめるきっかけに。その後の私たちの人生が大きく変わった旅でした。





記事内の写真は2002年当時の物ですがこの記事は2019年7月25日に書きました。